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灯台
この項目では航路標識の灯台 について説明しています。 照明器具の灯台 については照明をご覧ください。 雑誌の『灯台 』については第三文明社をご覧ください。 大王埼燈台 安乗埼燈台 電波灯台 (デファレンシャル灯台 )大王崎方位信号所 灯台 、燈台(Lighthouse)は、岬の先端や港内に設置され、コンクリートやレンガなどでできた塔状の形をしており、最上部には数キロ先からでも識別可能な強力な光源がある。夜間には光源が明滅(大型のものは、指向性を持ったレンズを回転させている)し、航行する船舶が明滅周期により場所を識別する目印にされている。 目次 1 灯台 の役割 2 灯質 3 歴史 3.1 江戸条約の灯台 3.2 大坂条約の灯台 4 灯台 の命名方法 4.1 灯台 と燈台 4.2 崎と埼 5 材質別分類 6 灯台 の諸元 7 代表的な灯台 8 灯台 の公開 9 関連項目 10 外部リンク // 灯台 の役割 灯台 はその外観や灯光によって、船舶が陸地、主要変針点又は船の位置を確認する時の目標になったり(沿岸灯台 )又は、港湾の所在、港口などを示すため(防波堤灯台 )のもの。 日本においては、「航路標識法」という法律の第2条第2項において、「航路標識とは、灯光、形象、彩色、音響、電波等の手段により港、湾、海峡その他の日本国の沿岸水域を航行する船舶の指標とするための灯台 、灯標、立標、浮標、霧信号所、無線方位信号所その他の施設をいう。」と定められている。 それを分類すると、 *光波標識 (夜標)灯台 ・灯柱、灯標、灯浮標、照射灯、導灯、指向灯 (昼標)立標、浮標 *電波標識 無線方位信号所、LORAN-C、ディファレンシャルGPS *音波標識 霧信号所 *その他標識 船舶通行信号所、潮流信号所 に分けられ、灯台 はその中で、光波標識の中の夜標として位置づけられている。 多くの国では、灯台 はいわゆるコースト・ガード(沿岸警備隊)あるいは港湾行政当局の管理下にあり、日本においても、総括的には海上保安庁交通部(旧「灯台 部」)の所管のもとにあり、個別的には各管区海上保安本部所轄下の各海上保安部が設置・維持・管理等を行う。 灯質 付近にある灯台 は、それぞれ光り方(灯質)が全て異なっており、識別できるようになっている。灯台 表(海上保安庁発行)や海図には、それぞれの灯台 の光り方(灯質)を記号で表記しているので、それらを確認することで、どの灯台 から発せられたものかわかるようになっている。代表的な灯質としては、以下の種類がある。 不動光(F, fixed): 一定の光度を常時維持している 明暗光(Oc, occulting): 一定の光を放ち、明間が暗間より長い 閃光(Fl, flashing): 約1秒程度の閃光を放つ(長閃光、急閃光がある) 互光(Al, alternating): 異色の光を交互に放つ モールス符号光 Mo 歴史 記録に残る最古の灯台 は、紀元前7世紀にエジプトのナイル河口の寺院の塔上で火を焚いたことに始まると言われている。その後アレクサンドリア港口のファロス島にいわゆる世界の七不思議の一つである大灯台 が紀元前279年頃から約19年の歳月をかけて建設された。これは約134mの高さがあったと言われ796年の地震で半壊するまでは使用されていた。その後、宝物が埋まっているとの噂により破壊が進んだが、1375年の地震により崩壊するまでは建っていた。最終的には1477年に跡地に要塞が建設されたため、完全に破壊されたと言われている。また、同じく世界の七不思議の一つであるロードス島の巨像も灯台 の機能を果たしていた。 日本最初の灯台 については、839年(承和6年)に復路離散した遣唐使船の目印として、九州各地の峰で篝火を焚かせたと続日本後記にあるのが最初であると言われている。建設が確認される最古の灯台 は、摂津国の住吉大社(大阪市住吉区)の西にあるかつては住吉大社の馬場だった住吉公園入口に復元されている鎌倉時代に建てられた高灯籠である。 明石港旧灯台 (1657年築、明石市) 住吉燈台(1688-1704年頃築、大垣市) 船橋大神宮灯明台 (1880年築、船橋市) 江戸時代に入り、海運が盛んになると、日本式の灯台 である灯明台や常夜灯が岬の上や港に近い神社の境内などに設置されるようになった。 現役最古の灯台 は兵庫県西宮市にある今津灯台 で、1858年に再建されたものが航路標識として海上保安庁から正式に承認されている。 日本最初の洋式灯台 は1869年(明治2年)1月1日(旧暦。新暦では2月11日)に点灯した観音埼灯台 で、着工した1868年(明治元年)11月1日(旧暦では9月17日)が灯台 記念日となっている。 また、現存最古の洋式灯台 は旧品川燈台(1870年点灯、品川区から犬山市の博物館明治村に移築)で重要文化財に、現地に建つ最古の洋式灯台 は旧堺燈台(1877年点灯、大阪府堺市)で国の史跡に、それぞれ指定されている。 日本の開国は1854年であるが、日本近海は暗礁も多い上、光達距離の短い灯明台や常夜灯の設置のみで航路標識の体系的な整備が行われていなかったため諸外国から「ダークシー」と呼ばれておそれられた。このため1866年5月にアメリカ、イギリス、フランス、オランダの四ヶ国と結んだ改税約書(租税条約、江戸条約)の中で8ヶ所の灯台 、1867年4月にイギリスと結んだ大坂約定(大坂条約)の中で5ヶ所の灯台 を整備することが定められた。明治維新による政権交代があったため着工が1年遅れたが、順次建設された。これらの設計・建設には、お雇い外国人である英国人、リチャード・ヘンリー・ブラントンなどが携わった。 その後、海運の発展とともに航路標識の整備も進み、第二次世界大戦直前期には400基を数えるようになったが、依然として諸外国の水準とは隔たりがあり、「ダークシー」と呼ばれる状況は続いた。昭和初期になっても式根島では私設灯明台が建てられている。だが、戦時中は灯火管制でカモフラージュで本来の役目は果たしにくかった。 戦後は高度経済成長により飛躍的に増加し、2004年4月1日現在で全航路標識総数は5,600基、うち灯台 だけで3,348基となっている。 2006年(平成18年)11月12日に、日本で最後の職員滞在灯台 であった女島灯台 (長崎県五島市)が自動化され、日本の全ての灯台 が無人化された。なお女島灯台 は、灯台 守を主人公にしたことで著名な映画「喜びも悲しみも幾歳月」(木下恵介監督)の舞台のひとつとなったことで知られる。 江戸条約の灯台 観音埼灯台 (初点灯1869年) 野島埼灯台 (1870年) 樫野埼灯台 (現存・現役・1870年) - 初めて回転式せん光を採用した 神子元島灯台 (現存・1871年) 剱埼灯台 (1871年) 伊王島灯台 (1871年) 佐多岬灯台 (1871年) 潮岬灯台 (1873年) 大坂条約の灯台 江埼灯台 (現存・現役・1871年) 六連島灯台 (現存・現役・1872年) 部埼灯台 (現存・現役・1872年) 友ヶ島灯台 (現存・現役・1872年) 和田岬灯台 (廃灯・1872年) 灯台 の命名方法 灯台 の命名方法は建っている灯台 はその岬や堤防の名を記する。例えば犬吠崎の先端に建っている灯台 は犬吠埼燈台または犬吠埼灯台 と記するわけである。 堤防の先端に建っている灯台 は場所を示す固有名詞の後に、堤防燈台又は堤防灯台 という名前を付ける事が通例ではあるが、重要な港湾灯台 には固有名詞の後に燈台、灯台 としている物もある。 灯台 と燈台 灯台 は構造物を表す言葉で、ごく近年建てられた一部の灯台 を除き、殆どの灯台 では地点を表す固有名詞の後に燈台を付け正式名称としている。これらの多くは、常用漢字として灯台 が採用される以前に命名された灯台 である。 常用漢字が制定されてからは、燈台と言う名詞が付いているにもかかわらず、灯台 が使われることがある。 基本的には人名同様、既に記された固有名詞には常用漢字と言う範疇は当てはめることが出来ないので、地点を表す固有名詞の後に燈台と名前が付いている灯台 に対し、地点を表す固有名詞の後に灯台 と付ける用法は意味が異なる用法になる。 例 犬吠埼燈台 - 正式名称で灯台 その物の構造物の名称 犬吠埼灯台 - 犬吠埼に建っている灯台 尚、地図などでは地点を表す言葉として使用するので、固有名詞の後に灯台 を付けることが多い。 崎と埼 一般に岬に建つ灯台 には岬の名前として埼を使用する。崎は地形を表し、埼はポイントを表す。灯台 本来の目的はポイントを船舶などに周知する目的のため、埼を使用する。 材質別分類 木造灯台 レンガ造灯台 石造灯台 鉄造灯台 コンクリート造灯台 鉄塔(電波灯台 ) 灯台 の諸元 実際の灯台 の諸元は、海上からの高さを元に策定される。以下は灯光する灯台 の諸元。 光達距離 航路標識灯の灯台 では灯台 頂上から見える水平線が光達距離となる。光達距離dは、次の式で求められる。 h:灯光高さ H:眼高 光源 水銀球など幾つかの種類がある。航路標識灯の灯台 では灯台 頂上から見える水平線が光達距離となる為、光達距離まで届くだけの明るさにしている。 発光間隔 大型のものはレンズを回転させ、あたかも点滅している様に見せかけている。この発光間隔は灯台 毎に定められており、隣接した灯台 でも発光間隔が違うため何処の灯台 かを判断できるのである。 レンズ 大型の灯台 ではフレネルレンズと呼ばれるレンズが使用される。 代表的な灯台 世界の灯台 100選 日本の灯台 50選 保存灯台 参観灯台 灯台 の公開 常時一般公開されている灯台 を参観灯台 と呼ぶ。現在は14灯台 で、近年増えてきているが、社団法人燈光会などが海上保安庁から委託を受け、有料で参観事業を行っている。これらの灯台 は、上まで登って眺望を楽しむことが出来、資料館や展示室を併設していて、見学できるものもあるが、荒天時や冬期間に公開されない場合もある。常時一般公開されていない灯台 でも、海の日(7月の第3月曜日)や灯台 記念日(11月1日)の前後などに、特別公開される場合がある。 関連項目 灯質 灯台 守 灯台 の画像一覧 船舶 港湾 航路標識 四国村 - 旧江埼燈台退息所、旧鍋島燈台退息所、旧クダコ島燈台退息所、旧大久野島灯台 が移築保存されている 喜びも悲しみも幾歳月 - 灯台 守を主人公とした著名な日本映画(1957年) アイダ・ルイス - アメリカ合衆国史上最も有名な灯台 守(女性) リチャード・ヘンリー・ブラントン パルサー - 別名、宇宙の灯台 外部リンク ウィキメディア・コモンズに、灯台 に関連するマルチメディアがあります。 海上保安庁 日本の灯台 社団法人燈光会 財団法人日本航路標識協会 灯台 用語集 Lighthouse Beach "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AF%E5%8F%B0" より作成 カテゴリ: 灯台 | 水運 | 施設 | 海上保安庁 | 外構
関連の高いサイト沖縄旅行記3・4日目 オガンザキ灯台にいってたですよー。断崖絶壁がもうソレは素敵な・・・(汗いい景観ではありましたねー。綺麗にはれてたし海は青いし・・・高いとこ苦手なんで楽しさ半減でしたけどすごく目の保養になりました。あ、それからカビラで グラス
一太郎やあい 赤灯台と白灯台がシンボルの多度津港。港に面する桃綾公園の展望台の近くに、港に向かって手を上げる「一太郎やあい」母の像が多度津のシンボル。日露戦争当時の明治37年8月、多度津港から出征する我が子を見送るため、 朝暗いうちから
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沖ノ鳥島灯台点灯 東京から南へ約1730km、日本の最南端の海上に沖ノ鳥島はある。周囲をサンゴ礁で囲まれたこの島は、最高潮時...
青灯台
メタボリックシンドロームに認定 メタボリックシンドロームと見事診断されました。先週人間ドックに行ってきました。ちなみに長野病院ですが。ナース○○さん大変お世話になりました。ところでメタボリックシンドロームとは何でしょう?簡単に言えば、内臓脂肪が非常に多い状態を言います。検査方法としては、おへそあたりをCTスキャンで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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